4日目
地下鉄東大門歴史文化公園駅→鐘路3街駅→世界文化遺産宋廟→鐘路3街駅→景福宮駅→ISSACトーストでランチ→バス→青瓦台→三清洞通り→カフェ月映堂→国立現代美術館ソウル→景福宮→地下鉄景福宮駅→東大門歴史文化公園駅→ホテルに戻る→平壌冷麺で夕食→東大門DDP→北海氷水でピンス
宗廟(チョンミョ)は朝鮮時代の歴代君主の位牌を奉り祭祀を行う場所です。
1394年、太祖・李成桂が朝鮮王朝の建国とともに、新たな都、漢陽に景福宮と同時に建てた建築物で、その伝統的な荘厳な儀式である祭礼や祭礼楽など、長い伝統と慣習がそのまま保存され、世界文化遺産に登録されています。

中池塘
池の周囲の四角い囲みは「大地」を、中央にある円形の島は「空」を意味し、両者が調和することで平穏な世になるように、との願いを込めて造られました。


平日は、自由観覧できず、言語別のガイドとともに回る時間制観覧(所要約1時間)となっています。日本語ガイドは9:40、11:40、13:40、15:40。土日は自由観覧。火曜定休日です。
日本語ガイドさんは流暢な日本語を話し、とてもわかりやすくガイドしてくださいました。
日韓併合まで518年に及ぶ李氏王朝の霊廟には独特の静けさと荘重な雰囲気が漂っていました。
宗廟正門を入ると三本の道があり、左右に比べ若干高くなっている中央の道は、「神のための道」とされ「神路」と呼ばれています。また右(東)側は「王が通る道」から「御路」、左(西)側は「皇太子が通る道」から「世子路」といいます。
真ん中の道は正殿に続き、両側の道は斎戒沐浴して祭祀の準備をする部屋へとつながっています

斎室
御粛室とも言われ、王と皇太子が祭祀前日に身と心を清めた場所です。
北側の建物(御斎室)には王が、東側の建物(世子斎室)には皇太子が滞在しました。
また西側の建物は「御沐浴庁」といい、ここで入浴し身を清めました。
心と体を清めた後、王と世子は祭祀を行う食事を準備する典祀庁へ移動します。


香大庁
「宗廟」で使用される香・祝・幣や、祭祀の供え物を保管していた倉庫。
また、祭祀の担当官である「献官」が儀式の前に待機していた場所でもあります。


正殿
宗廟の中心である正殿は歴代君主の位牌を奉って祭祀を行う空間です。
正殿には19の部屋があり、最も西側に安置された太祖をはじめ、道徳に適った政治を行なったとされる19人の王とその王妃の位牌、計49位が安置されています。位牌が新たに安置されるたびに増築が重ねられ、単一の木造建築物としては世界最長(総101m)です。
1592年の文禄の役の際、日本の豊臣秀吉の軍がソウルを占領したときに破壊され、1608年に再建されたものです。



もう改修は終わっているはずでしたが、歴史的遺跡の為改修中に更に歴史的発見があり遅れているとのことです。来年5月の宗廟祭礼楽にはこの場所で数年ぶりの儀式が行われる予定です。
完成がイメージできるように写真の幕が張られていました。
正殿に祀られる王と王妃は必ず二人で対になっているそうです。
なぜなら韓国では王妃以外の側室は国家公務員とされるからとのことでした。

永寧殿
正殿の西側にある、1421年、第2代王・定宗の位牌を祀る際に建てられた別廟で没後に位を贈られたり、「正殿」から移安されたりした王と王妃の位牌、計34位が安置されています。
規模は若干小さいですが、歴代王に対する祭祀を執り行なう場所として「正殿」と同様の建築様式で建てられており、丹青や装飾は控えめで、厳粛な雰囲気が漂っています。

韓国の李氏王族の最後の王になれなかった李垠皇太子とその妻の日本人の皇室の女性が永寧殿に祀られているそうです。
日本統治時代李垠殿下は幼少期より日本で暮らし、1920年戦前の11宮家の一つであった梨本宮の守正王の第1王女・方子妃と姻戚関係を結びます。夫妻は旧李王家邸(1930年建設)で、仲睦まじく暮らしました。この邸は2011年に閉館した赤坂プリンスホテルの旧館で、現在、「東京ガーデンテラス紀尾井町・赤坂プリンスクラシックハウス」として残っています。1962年、朴正煕大統領の時代に、李垠殿下夫妻は韓国籍取得と帰国を認められます。帰国前に脳梗塞で倒れた李 垠は帰国後1970年の金婚式を祝った3日後に亡くなり、宗廟に入りました。
殿下の死後も方子妃は韓国に留まって昌徳宮の楽善斎で暮らし、1989年に87歳で亡くなった後は日本人として唯一宗廟に祀られています。
日本でドラマになる程の激動の人生を生きた二人を知ることは戦中戦後の日本と韓国の関係を読み解くきっかけになるかもしれません。

宗廟祭礼楽は、器楽や歌、踊りで構成されている祭礼楽ですが、500年前の旋律を今日まで伝え、現在世界で最も古い儀礼文化となっており、毎年5月の第1日曜日(変更の場合もあります)にその行事を見ることができます。
現在は、大韓帝国皇室の末裔である全州李氏の宗家が祭祀を取り仕切っています。
宋廟宋廟は建物と一緒に、政令や祭礼楽も保全され1995年宋廟がユネスコ世界文化遺産に、2001年には宋廟祭礼及び祭礼楽が世界無形文化遺産に登録されました。


この後地下鉄3号線で二駅の景福宮駅に移動して景福宮の南門である光化門前で王宮守門将交代儀式を見学しました。火曜の休覧日を除く毎日10:00から16:00までの定刻に行われます。
この日から3日間使用予定のUSIMが通信できず、近くにある社屋やショップを訪ねて対応していただくのですが接続できなくて途方にくれました。海外でスマホが使えないなんて悲劇です。
USIM使用をあきらめて、楽天モバイルで海外ローミングエリア2GB使用できることにすがってみます。国内でも使えないところがあるのにとダメもとで接続するとゆっくり動き出し、データー高速モードオンすると普通に使えました。2GBがどのくらいの情報量なのかわからなかったのですが、移動の際の地図検索と位置情報確認とお店探し程度なら1日で0.3GBも使わないぐらいです。楽天モバイルの海外使用は事前に設定変更が必要ですが、韓国はUSIMやESIM購入しなくても大丈夫そうです。


青瓦台の見学には予約が必要ですが韓国の携帯電話番号を持っていないと予約できません。
海外からの外国人観光客は、休みの火曜日を除く毎日9時と13時30分の2回各回500人当日パスポートを持っていくと現場申請が可能で見学できます。13:30を目指してISSACトーストで大急ぎで昼食を済ませて、使えるようになったスマホで韓国の地図アプリNEVER MAPを使ってバスで移動します。

韓国の歴代大統領が居を構え執務に当たっていた大統領府・青瓦台。
大韓民国政府樹立とともに李承晩大統領が初代大統領に就任した1948年から数えて実に74年後の2022年5月10日、尹錫悦(大統領の就任と同時に大統領府は「龍山大統領室」と名を変えソウル・龍山に移転、青瓦台は一般開放されました。本館の屋根にはおよそ15万枚の青色の瓦が使用されており青瓦台という名称はこの瓦屋根の色から付けられたものだそうです。



2022年5月に公開された青瓦台の中は広く豪華な建物と美しい芝生と松の庭が印象的です。
大統領執務室のある本館のほかに大統領と家族の住む官邸、青瓦台を訪れる海外からの賓客に韓国の伝統建築様式を紹介するため建てられた韓屋常春斎、迎賓館、青瓦台の中でも最も美しい庭園の緑地園、大統領や報道官の記者会見が行われていた春秋館など見どころがいっぱいでした。

青瓦台の東側の門からでて北村韓屋村へ向かうのですが道に迷いました。
三清洞通りは韓国の伝統様式の建物と近代的なブティック、レストランなどが混在する通りです。
国立現大美術館ソウルへ向かう途中にはアートがちらほらと。韓屋のプリーツママではお土産を探して、現代美術館そばの月映堂という韓屋カフェでビール休憩します。






雨が降ってきたので国立現代美術館で展覧会3つを鑑賞しました。
BACK TO THE FUTURE, Meditation on YouTube, Game Societyの3つでした。ゲームに関する展示が興味深かったです。
雨が降りやむのを待って国立現代美術館の道を挟んで向かいにある国立民俗博物館の入り口から景福宮に入ります。景福宮は世界遺産ではありません。しかし韓国を象徴する建物は景福宮の光化門のようですし、韓国の民族衣装を着て写真を撮る外国人観光客は世界遺産の昌徳宮よりずっと多く混んでいた印象です。暑くて景福宮はとても広くて早々に退散してしまいました。


景福宮は1394年、李氏朝鮮の初代国王・太祖によって建てられ、その後200年に渡って王宮として使用されました。1592年、文禄の役によって全焼し、廃墟と化した景福宮をあとに、王族は昌徳宮へと住居を移します。1865~1867年に再建が行なわれ、約330棟・5,792室に拡大、景福宮は再び韓国および王族のシンボルとなりました。1895年、閔妃暗殺事件が起きます。それを受けて、夫である李氏朝鮮の第26代国王・高宗は王宮を離れて以降、王族が景福宮へ戻ることは二度とありませんでした。1991年、日本統治時代に計画的に解体され、景福宮内に朝鮮総督府の庁舎が建設されました。戦後韓国政府は復元事業をはじめ約40%が再建されています。



暑いのでホテルに戻った後東大門歴史文化公園駅近くの平壌冷麵で夕食にしました。
このお店も7年連続ミシュランを獲得しているそうです。
水のように澄んだ肉からとった出汁が味わい深く、そば粉で打たれた自家製麺の歯ごたえも良く、器から何からすべて冷たくて夏暑い日でしたので、とてもおいしく感じました。
日本の冷麺とは全く違って、醤油味ではない冷たいお蕎麦、不思議な感じです。



夜の東大門DDPは巨大な宇宙船が降りてきたように神秘的です。
DDPの中や問屋街をぶらぶら歩いていたら夜でも暑いです。
東大門にある北海氷水というピンスのお店に入りました。練乳など数種類の材料を混ぜて瞬間冷凍し、特注の機械でパウダー状にしたさらさらの新食感かき氷ということです。雪花ミルク氷と雪花ティラミス氷を注文しました。確かに日本にはない食感の甘すぎないかき氷です。あんことお餅がついてきます。日本にも自由が丘にお店を出されています。


